2/3 らんちゃんが旅立ちました
タイトルの通り、2/3、節分の日に、我が家の獣たちの末っ子、フェレットのらんちゃんが天国へ旅立ちました。
完全に私達の管理不十分だったために亡くなってしまったので、思い返すほどに後悔しかありません。忘れないために、書いておこうと思ったまでです。急性肝不全、享年たったの4歳でした。
亡くなる日の朝、ケージの床でぐったりとしているのを見つけて慌てて病院へ連れていき、そのまま入院。午後7時半ごろ、おもちを寝かしつけている最中に私の携帯電話に着信が来て、授乳中だったので出られずにその振動音を聞いていたのですが、ふと嫌な予感がしました。これまで何人かの訃報を経験していたので、この時間に来る電話はろくな知らせじゃない。
確認するとやはりらんちゃんをお願いしている病院で、どうかこの予感は外れてくれ、と願いながら折り返し。
何度目かのコール音の後出たスタッフの方に名前を告げると、一瞬ためらった空気が伝わった後、電話をかけてくれた数分前に亡くなったことを告げられました。
体の力が抜け、すぐには返事ができず、やっとのことでいつ迎えに行けるかを聞きました。時間的に病院はとっくに診療時間を過ぎていましたが、ご厚意でその日に迎えに行っても良いということだったのでお言葉に甘えることに。
電話を切った後風呂から上がってきた旦那に留守を託そうと、話し掛けますが、「らんちゃんが死んだ」という一言が、言おうとするとずっしりと重たくて、声が詰まってしまいました。自らが言葉にすると、それが事実であることを嫌でも認識させられました。
なんとか伝えて、私一人で車に飛び乗り、病院へ急ぎました。急いだってもう死んでしまっているけれど、早く連れて帰ってやりたかった。
車を走らせながら、涙が後から後からどんどん溢れてきました。
昨日まで元気に動き回っていたのに。今朝、この助手席にいたのに。
もっと早く気付いて、ちゃんと病院に連れて行ってやれば良かった。
悲しい気持ちと後悔がごちゃ混ぜになりながら、15分ほどで病院へ到着。ガラス張りの待合室は電機はついていましたが当然誰もおらず、ガランとした室内が夜闇の中不自然に見えるほど明るく照らされていました。言われた通り電話をかけて到着を伝えると中へ入るように言われ、診察室へ入るといつもお世話になっている先生が迎えてくれました。
診察台の上には、丁寧にタオルに包まれたらんちゃん。
目を閉じて、眠っているようにも見えましたが、硬直を始めていた手足を一目見て、ああ、もういないんだな、と解りました。昔実家の犬が亡くなった時も、同じように感じたことを思い出しました。
触れる時、躊躇ってしまいました。触ったら、本当の本当に、死んでしまったことが分かってしまうから。でもすぐに、いつものように頭を撫でてやりました。
動かない。温度がない。いつもと全く違う手触り。
冷静でいるつもりでしたが、手は震えたし、やっぱり悲しみが押し寄せてきて、涙を堪えることができなかった。
何度もお世話になっている信頼のおける先生、今回も手を尽くしてくれたに違いない。なんとか感謝と、この時間に開けてもらって申し訳なかった旨を伝え、会計を済ませ、朝らんちゃんを入れてきたキャリーにらんちゃんを入れ、すぐに車に戻りました。
車に乗り込んですぐ、助手席に置いたキャリーを開けて、らんちゃんを撫でました。
「一緒に帰ろうね」と声をかけながら、また涙が出て仕方なかった。
ケージの蓋なんて閉めなくたってもう出てくるはずもないのに、しっかり蓋を閉めて、家に帰りました。
帰宅後は、旦那とらんちゃんの話をぽつぽつとして、火葬の話もして、その日はケージの中に入れたまま、毛布で包んでやって、私たちも寝ました。
火葬は行政が行っているペット火葬でしてもらうことに決めました。
うちの市では、土日祝は関係なく、元日・友引の日以外は予約なしで斎場へ持ち込むことで受け入れてもらえるシステムでした。その際はペット自体が見えないよう箱や袋に入れてくるようにと市のHPに記載があったので、ちょうど入りそうな箱を購入、毛布に包んだらんちゃんと、囲むようにお花を入れて、翌日の一日は家で一緒に過ごしました。
夜、明日にはこの子を燃やしてしまわないといけないのか、と思うと寂しくて悲しくて、何度も何度も頭を撫でました。連れていきたくないな、さよならしたくないな、目を開けて跳び回ってくれないかな…と心の中がぐるぐる。このまま手元に置いておきたい気持ちがやっぱりありました。
火葬の日、斎場に向かう間、助手席にらんちゃんを入れた箱を載せ、到着するまでは顔を見られるように蓋を開けたままにして、信号待ちの間はその姿を忘れないようにじっと見つめて。
着きたくないなぁ、と思っても、家からあまり距離のない斎場にはすぐに到着。人の火葬をする建物が受付になっていて、建物内にはたとえ亡くなっていたとしてもペットの持ち込みは出来ないため、出入り口のところに重さを確認する秤と、受付をする間ペットの亡骸を置いておくテーブルがあり、私達の前に先客がいて、細長い長方形の箱が置かれていました。その横にらんちゃんの入った箱を置き、寒い中少しの間でも置いて行くのは忍びなかったけど、ごめんね、待っててね、と言って中へ入りました。
受付で記入するように言われた申請書には、合同火葬になるため火葬には立ち会えないこと、遺骨はもらえないことなど、いくつか確認事項と、火葬後にどこに納骨されるかが記載されていました。なんと納骨先は私の故郷の福井県。お寺の名前を目に焼き付け、旦那と、福井に帰省する時は会いに行こうね、と話しました。
受付を済ませると、この建物から出て、すぐ脇の坂を下りた先にペットの火葬場があるということで、「そこでお別れとなります。」と受付のおじさんに言われたときは、あぁ本当にお別れになってしまうんだな・・・とまた涙が出てきました。
外に出て、らんちゃんを連れて、歩き出しました。出来るだけ長く顔を見ていたくて、箱の蓋を開けて眺めながら歩きました。
まだまだ寒い2月の初旬、冷たい風も吹いていました。らんちゃんの顔の近くのカスミソウが揺れているのを、泣きながらぼーっと眺めて歩きました。
学校の焼却炉のような小さな火葬場を見た時は、胸がぎゅうっと苦しくなりました。
火葬には、立ち会えない。
ここに、らんちゃんを置いて行かないといけない。こんな寂しいところに。
けれど、職員の方も迎えてくれていて、もう受付もしているし、ちゃんと弔ってやるにはそうするしかない。
少し救いだったのが、先ほどの先客以外にも他にもう一頭(旦那曰くダックスの子だったらしい)いて、らんちゃん一人だけじゃなかったこと。
開けていた蓋を閉める前に、家族三人でらんちゃんを覗き込み、数回頭を撫でました。冷たいけど、可愛いうちの末っ子。眠っているようにしか見えない綺麗な顔。次に生まれ変わる時は、もっともっとたくさん元気に長生きしてね、と願って、蓋を閉めて、お別れをしてきました。
娘が生まれてからは特に、ケージから出してあげる機会も減り、構ってあげることも少なく、あぁもっと沢山何からんちゃんのためにしてやれたんじゃないか、と、思い返すほどに胸が痛みます。
体の異変だって、もっと早く気付いてやれば。何かおかしいと思った時に、すぐに病院に連れて行ってやっていれば。
長く動物に関わってきたくせに、自分たちの過失で動物とはいえ我が子を失ってしまった後悔が強く残っています。
せめて、らんちゃんが天国に行って、もしくは生まれ変わって、生前のように楽しく跳び回っていますように。
気持ちがまとまらず、乱文の上にかなり時間がかかってしまいました。
ちなみについ3日ほど前に、らんちゃんが早速夢に出てきてくれました。火葬前日の夜、箱から出して膝の上にらんちゃんを置いて撫でていたら、痩せていた体がむくむくと元気なころのふくふくに戻り、毛も洗い立てのようにふわふわして、くくくくっ!と生前遊びでテンションが上がった時に出していた声を上げて元気に室内を走り回り、挙句寝室の布団の上でうんこする、という・・・なんともらんちゃんらしい姿でした(笑)
てんちゃんのお嫁さんが欲しいね、と下見のつもりで行ったショップでらんちゃんに惚れ、抱っこさせてもらった時は私の腕の中で寝てしまうというおっとりさんな姿を見せつけてきたのでこの子にしよう!!と連れ帰ったらんちゃん。
帰宅してすぐ本性を現し、気に入らなければ本気噛みするわ、遊びは何かに憑りつかれたかのように激しいわ、びょんびょん跳び回り元気でいつもハッスルしていたらんちゃん。
てんちゃんと仲良く暮らしてくれたらんちゃん。
あまり良くない飼い主だったとは思うけど、私はらんちゃんがうちに来てくれて本当に良かったよ。沢山の驚きと楽しい日々を、本当にありがとう。
また、いつかどこかで。またね。