おもちもちもち

娘、おもちとの手さぐり育児記

本日おやすみ前の一場面

何故か

シンクに横付けされた

おもちバイク…


f:id:shirotaro5:20190117230633j:plain



※夕方、晩御飯の支度中のこと。

神のツール(Eテレ)に飽きたおもち、キッチンにばかりお構いの母をあの手この手で振り向かせようと、バイクを乗り回し家中からおもちゃを手当たり次第に持ってきては「ママ!!ママ!!!!」「こっこ(抱っこ)!こっこ!!!」

その名残である。

おやすみなさい…

1歳7か月、ふるふるふるふる、パワフルー!

昨日までの三連休は久々の清々しい快晴の福井でした。
引っ越してきて初めての冬、裏日本と言われる所以を身をもって感じるドン曇り+雨ばかりの毎日だったので、特に雲一つない真っ青な空と暖かい日差しが降り注いだ日曜はお松と一緒に庭で少し日向ぼっこをしました(笑)


さて、備忘録も兼ね最近のおもちさんについて。

1月15日現在、1歳7か月になった彼女。パワフルにズンドコ成長しています。先日書いたように、出来るようになったこともかなり増えました。

それにより、自分でやれることが増えたおかげか、ギャーギャー泣いて止まらない!!って言う場面が激減しました。言って聞くことも増えてきたなぁと思います。

例えば何か取ってほしいものがある時、以前なら何か指さして「んー!!(怒)」と文句しか言わず、こちらも理解してあげられず申し訳ない・・・と思える時と、余裕無くストレスにまみれている時は「なんや「んー」言われても解らんわー喋れ!!」と無理なの解っててブチ切れしたりする理不尽な母の時も稀に(?)ありました(大人げない)。

が、以前ふらっと帰った実家で実母がいつものように不満げに「んー!!」と始めたおもちに、

「とって、って言うんやで。ほら言うてみ、とって。」

と穏やかに語り掛けました。すると、じーっと母(おもちにとっては祖母)の顔を見た後、

「と、て?」

と発しました。私は目から鱗。吃驚仰天。


そうか、もう言えるのかこの子は。教えてあげれば良いだけだったのか。

これまでおもちのペースにできるだけ合わせ、なるべく手出ししすぎないよう見守ることを心掛けていたつもりでしたが、いつの間にかそれはただ「この子にはまだ無理だ」と放って置いてしまう部分を作っていたんだなぁと反省しました。

本人を信じて見守るのと、無理だろうと匙を投げ自分にとって楽な「時間が過ぎるのを待つ(※これが大切な場合もあります)」に偏ることは別物だと気付かされました。


それからはなるべく、まだ無理かな、わからないかな、と思うことでも、折々で「あんと(ありがとう)って言うんよ。」「こういうときは開けて、って言えばいいの。」「抱っこ?してほしいなら自分で言ってみ?」など、本人が言葉を発しやすいよう教えるようにしました。
成果はすぐに出て、今日なんかは自分で開けられないクレヨンの箱を持ってきて「けてー(開けて)」とお願いしてきたり、みかんを食べる私の横に来て「だいっ!(ちょうだい)」と両手を合わせてきたり(笑)、上手に意思表示ができるようになってきました。

こんな風に教えなくても、日常の中でとっくに出来るようになっている同月齢の子も中にはいると思いますが、この出来事で私は本当の意味で「人間社会の右も左も分からない、まっさらな一人を一から育てる」ということを体感させてもらったなぁととても有り難く感じました。忘れたらいけんね。


そして言葉が出るようになって嬉しいのか、絵本を持ってきては読めと催促して、自分も一緒になって音読するようになりました。お気に入りは、赤ちゃんの時から好きな「じゃあじゃあびりびり」と、「ぴょーん」。
じゃあじゃあびりびりは何度も読み返しているので覚えたらしく、

私「みず、」
おもち「じゃーじゃー」
私「紙、」
おもち「びいびいびいびい(りが言えない)」

と、名詞を言えば続きを返してくれるようになりました。


ぴょーんは動物などがジャンプする絵本なのですが、作中で唯一ジャンプできないカタツムリがおもちは好きなようで、その場面になると

いちさん「カタツムリは・・・(めくる)」

いちさん「ダメか・・・!」
おもち「だぇか・・・!(ガックリと肩まで落とす)」

と良い演技をしてくれます(笑)可愛い。


あとは、自分を見てくれアピールがすごくなったなーと感じたのが、昨日我が家に遊びに来てくれた私の従妹と話していた時のこと。
話が弾んで大人だけで盛り上がっていたところ、持ってきた絵本を私に押しつけて開かせ、ぐいぐい膝の上に陣取り、大声で音読をしながらチラチラこちらを見上げていました。その時はあまり何とも思わず「もーなにー?」と言いながらあしらってしまったのですが、従妹が帰った後、いちさんが「さっきのあれ、やきもち焼いてたんじゃない?」と一言。

「・・・はっ!!それか!!そういうことか!!」

それからめっちゃ抱き締めました。ごめんよおもち。
でもあんたマジで、下の子ができた時が思いやられるわ。。笑


あとは、最近機嫌良い時のハッスルがすごい。奇声を上げながらゲラゲラ笑い転げて走り回る、謎の言葉を話して、謎のタイミングでテンションぶち上げ、あちこち爆走する様に圧倒されてしまいます。今日の夕方のフィーバータイムは、縁側のカーテンをかぶったり隠れたりして一時停止、突然「キャアアアアァァァァ!!!!!」と超高音で叫びフレームアウト、走って戻ってきて、いそいそと再びカーテンに絡まり一時停止、からの奇声&爆走の繰り返し・・・

なんだろう。何かに似ている。

この感じ、どっかで見たことある。何にも縛られず、全力で何かわからないことを楽しんでいる・・・


ああ、ミニオンだ。
うちにミニオンがいるのか。そりゃうるせぇはずだわ。笑


そんなミニオンは、主に夕方以降に現れ、ひとしきり暴れた後風呂に浸けられて、ストンと寝る時もあれば、寝室から何度も脱走を図り寝かしつけ担当の父母(日替わり)どちらかにちょっかいをかけたりして22時近くまで寝なかったりする日もあり。

そんな感じの近頃です。楽しそうで何より。
ちなみに今日のもちミニオンは、私の手に顔を埋めて5分ほどで夢の世界へ旅立ちました。

毎日こうならいいんだけどねえ。あと夜泣きもちょくちょくあるのよねえ。涙


イヤイヤ期の兆候が顕著な時も出てきてぐったりする日もありますが、前よりずっと、育児が楽しく感じられるようになりました。
子供の成長がこんなに嬉しくて楽しいものなのかと驚くほどに。

今後の成長も楽しみです。あと早くもう少し体が丈夫になってほしい(11月からずーーーーっと母子で風邪の応酬してます)
インフルでの学級閉鎖も急増しているそうなので、皆様もどうぞご自愛くださいね。

まとまらないし眠いので何書いたかわからないけどおしまい!

2019年になりました

早いもので!明けまして、早9日が経ちました。サボりもサボりの大サボりをかましておりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年もよろしくお願いいたします。

さて、近況を少し報告。


まず、いちさん。
昨年、前職在職中から行動を起こしていた彼は、ありがたい事に希望していた会社2社に同時に内定をもらい(もう書いてたらスルーしてください笑)、悩んで決めた一方へ就職。彼の行動の迅速さと正確さにはいつも脱帽、行き当たりばったりな私は見習わなきゃなぁと反省しました。

そこから1ヶ月の中途採用者研修などを経て同期の仲間も得たようで、自分の営業所へ戻ってからは毎日忙しそうながらもなんとか早めに帰宅してくれ、彼の生きがいとも言えるおもちとのお風呂をほぼ毎日堪能してくれて、とても助かっています。

変則的な労働時間の前職は、小さなおもちとはどうしてもすれ違う生活で、夜はおもちと私の二人だけでご飯とお風呂を済ませてそのまま就寝、ということが多かったので、残業は増えましたが今の方が家族にとってはより家族らしい日々を過ごせているかなーと思います。(少なくとも私は…笑)


そしておもち。
訳あって(後述します)、11月からまた新たに保育園に通うことになりました。最初こそ、8月からいちさんや私にべったりな毎日だったためかお別れはギャンギャンギャーーーン!!!!な毎朝でしたが、そこは私が視界からいなくなれば切り替えの早いおもちさん。浜松での4月~8月の登園経験も手伝って、早々と園生活に慣れ、毎日楽しそうにしていてお迎えの時の笑顔が楽しみです^^

そして保育園様様なのをまたしても実感しています。

・ごみを渡して「これないないしてくれる?」と言うと捨ててきてくれる(私教えてないのに!)
・なんかいろいろ覚えてくる「どたん!(ぞうさん)」「きでぃ!(キリン)」(私あんまりちゃんと教えてないのに!!)
・食器を自分で流しまで持ってきてくれる(私教えてないのに!!!)
・ぬいぐるみを布団に寝かせてタオルなどをかけ、トントンしながら「ねんねー」とかやってる(私トントンするとおもち永遠に寝ないからやったことないのに!!!!笑)

そしてその全てに「すごい!」「ありがとうーおもちは偉いなあ!」「じょうずー!!」など褒めちぎる私やいちさんに、嬉しそうに自分の頭を自分でなでなでしながらくっしゃくしゃに笑った顔が可愛くて堪らなくてもう・・・先生方本当にありがとうございます!!
そしてもちろん本人の頑張りがけなげで、成長はすごいスピードで、感激すると共に泣く以外なーんにも出来なかった頃のおもちを思ってしんみりしたりするこの頃です。


後は私。
実は昨年の秋ごろ、軽い気持ちで行った女性の就職支援イベントでご縁があり、完全な畑違いで知識もゼロの業界の会社様から面接に来ないかと電話を頂き、二つ返事でその翌日徹夜で作った経歴書と私服の写真(それしか無かった)を張り付けた履歴書を携え面接へ突撃、絶対落とされると思ったら後日適性試験を受けるよう言われ、その結果はボロクソ惨敗でこれで受かったら奇跡だわハッハー!!と半泣きで大笑いしながら帰宅、まぁいい経験だったし笑い話にしよう。と切り替えた直後、その当日にメールで採用の報せを受け取りました。

ということで、今年4月から、プログラマーになります。ははは。
教材をもらってC言語を勉強中ですが、鼻水出るほど難しい。

でも、こんなチャンスはなかなか巡ってこないと思うし、とても良い雰囲気の会社(忘年会まで呼んで頂け、中途・新人含め同期も3人いることが判明)なので、自分の力を出し切って頑張っていきたいと思います。かなり大変だろうけど、背中を押してくれたいちさんもいるし、実家は近くなったし、まぁ何とかしかならんし、頑張る!!

そして4月からの勤務ということで時間がかなりあるので、実母から、ハローワーク職業訓練でパソコンを一から習ってみたら?と、無料の託児サービス付きの4か月間のコースを教えてもらいました。

この職業訓練、何が良いかって、

・テキスト代・任意の資格受験の受験料以外は無料!
・PCスクールと変わらないほどしっかりガッツリ授業してくれる(大人になってから、こんなにしっかりと勉強させてもらえることってお金払わないと無いと思う)
・通常、それぞれが決められた期間しか受給できない失業手当が、受講期間中は継続的にもらうことができる
 (私の場合、本来90日間分しかもらえないはずのところを、今回受講している機関の4か月間分手当てを受けることができています。実務に直接的に活きる勉強をさせてもらえる上にお金ももらえる!!)
・実務に直結した資格を習得することができる。今回の場合私はうまくいけば3種類も一気に資格を取ることができます。
・私が受講しているコース以外にも、託児サービス付きのコースがいくつかあり、預け先のない子育て中のママ・パパも受講できる!
(前述のおもちの保育園登園はこのためです)
・通常1日の受講時間は5~6限までですが、コースによっては家庭などの事情を考慮して短時間のコースもあり。私は1日4時間のコースに通っています。

他にも、クラスの人と仲良くなればさらに楽しいし、子供と離れて思い切り集中できる環境は私にとっては本当に本当に嬉しくて、通い始めてからは毎日楽しいし、生活にもメリハリがついて物事に対する意欲も増したなーと心から思います。
一応言うけど回し者じゃないです(笑)

それくらい、今後出産などを機に退職・転職される方にはおすすめです。雇用保険を払ってきたのだから、貰える物は貰って、学べることは学んだほうが絶対良い。
それに、子は自分だけではなかなか経験させられない沢山のことを保育園で楽しみ、先生方にも可愛がってもらえて、1日の勉強を終えてやっと会えた我が子の可愛さ・愛おしさは格別です。是非。


最後に、犬猫だけになった我が家の獣たち。
てんちゃんのことはまだまだ悲しみを忘れることは出来ていませんが、らんちゃんと2匹、きっと空の上でびょんびょん跳ね回っているだろうなあと懐かしく思い出しながら、少しずつ大切な思い出として胸にしまっていけたらなぁと思います。

ジジ(猫)はまもなく推定12歳になりますが、相変わらず爆発的な甘えん坊で、今朝もおもちと2人で私の膝の上を取り合って静かに争っていました(笑)でもいつも一緒の2人。彼女には20歳を超えるほど長生きしてほしいものです。
お松(犬)は今年の夏にはついにシニアの仲間入りですが、こちらも変わらずの末っ子気質、自分が一番じゃないと気に入らない模様で、まだ自分より順位は下だと思っているおもちを苦々しく見ているのが手に取るように分かります(笑)でも最近はかなり和解してきたかな?えらいぞお松!!


こんな感じの我が家、2019年も頑張ります。
生まれ年は違うけれど、猪には親近感しかない私(自他ともに認める猪突猛進型)

一度しか無い人生だし、いろんなことを楽しんで過ごします!

青森へ、家族で。【これからのこと、編】

さてさて、ようやくの続きです!


長い長い移動時間を乗り越え、ようやく降り立った新青森駅


毎度驚くのですが、空気がぜんっぜん違う!!それはもう異国に来たように、湿度の低い涼しい空気、風が吹くと5月でも寒いほど。発車の合図のねぶた囃子を聞きながら、おもちを抱え込んでさみーさみーと足早に改札へ。


そこから電車に乗り換え、最寄り駅に到着。迎えに来てくれて久しぶりに会った義両親は、二人ともお元気そうでした!


そこから2泊3日、お義姉さんたちや甥っ子姪っ子ちゃんたちとダム湖の水陸両用バスクルージングや、弘前の洋館など一緒にあちこち遊んだり、温泉に行ったりして、その他は基本的にはのんびり過ごしました。


そして2日目の夜。

いちさんに目配せして、2人でそわそわしながら居間に着席。いちさんの呼び掛けで、お義父さんとお義母さんがテーブルの向かいに座りました。


どう話を切り出したものかと、いちさんの考えている事が手に取るように分かりました。

固唾を飲んで、心の中で頑張れー!と念を送るしかない私。


そこで初めて、


転勤族から脱するため、転職を考えている事


転職先は、子供のこれからの事や私の両親からのサポート、仕事面、交通アクセスなど色々な事を考えた上で、私の地元の福井にしようと思っている事


これを包み隠さず話しました。



付き合いも長いので、ご家族みんながいちさんを可愛く思って、毎回帰省を楽しみにしている事を私はよく知っています。


また、いちさんは末っ子ながら長男。

お家に戻ってくるのを、全く期待されていない訳ではない事を、私もいちさんも感じていました。


それでも、夫婦であれやこれやと話し合いを重ね、最終的に決断した事。


それは、大切に思ってくれているからこそ、ご両親にはちゃんと面と向かって話して、伝えておかないといけないよね、ということで、これが今回の帰省の最大の目的でした。



話をしている間、お義母さんが目を伏せてじっと聴いてくれているのを見て、私がおもちにいつかこんな話をされたらどうだろう、と思うと胸が痛くて、申し訳無い気持ちでいっぱいでした。


反対されても仕方ないし、その時はお二人とも話し合いを重ねて、理解してもらえるように努力するつもりでいました。


でも、しばらく沈黙があった後、お義父さんがおもむろにパッと顔を上げてあっけらかんと


「いいんでない?」


と放ち、お義母さんも頷いてくれました。



色々考えて、その上で決めたんでしょ?

それなら私らが口出すことじゃない。

夫婦で決めて、自分らでそこで頑張る!って決めたんなら、それで良い。


頑張ってやってみて、それでもし駄目だったなら、また違う方法をその時考えればいい。

こちらを頼ってくれてもいいし、しろさん(私)のご両親に助けてもらうなり、必ず何とかなるから。


でも、自分らで何とかしようとしすぎて、借金したり悪い方向に行く事だけはやめてほしい。

困ったら必ず、連絡だけして欲しい。

それだけは言っとく。



考え考え掛けてくれた、重みのある一言一言に、本当にいちさんの事を大切に思う気持ちが伝わって、危うく私が泣きそうでした。


頑張れ。という声に改めて、私もこの人たちの大切な子供であるいちさんを大切にしないと、と思いました。


その晩、眠るおもちを眺めながら、いつかおもちにもこういう日が来たら、必ず今日のお義父さんお義母さんのように、背中を押してあげられる親であろうね、と話し合いました。



こうして、人生の大きな転換期である転職&引っ越しを決行することになりました。


引っ越しから早いもので2ヶ月、近くなったもんだから大いに実家のサポートを受けまくり(笑)、今のところは万事順調な日々です!


でも、これから何がどうなるかはわからない。

不安はいつでも付きまとうし、新しいことを始めるのはワクワクする物だけれど同時にリスクだらけ。


長く居れば嫌になることだって出てくると思うし、めでたしめでたしで完結ではないのが人生(偉そうやな)。


それでも、あの時の義両親の言葉が、間違いなくこれからの大きな武器、心の支えとなってくれると思います。


一家、頑張るぞー!!

おすすめおやつ!ドーナツアイス

猛暑が少しずつ影を潜めてきましたね。

特に今年の夏はマジで殺人的な暑さだったので、ホッとしている反面、晴天続きの浜松にいた頃とは違い連日の雨にちょっとうんざりしつつあります(笑)

 

 

さてさて、近頃、我が家の適当すぎる離乳食の進みにより、1歳3か月にして既に色々と召し上がっていらっしゃるおもちさん。

 

※この辺は詳しく書くと怒られそうなので割愛。おもちの凄まじい食事拒否の長かった期間を経て、1歳を過ぎてからというもの禁忌の物(アルコールとかね)以外は何食べても元気に生きてりゃオールOKが信条になりました(笑)

 

その為、最近はもう、私やいちさんが何かを食べているとすかさずロックオン、据わった目で近づいてきて、目の前まで来て両手をパチーン!

(いただきますのポーズ、つまり寄越せ、ってことです)

 

何なら口を開けて「あー!」と催促。。

 

 

こんな調子なので、もうおもちの目の届く範囲ではおちおちおやつも食べられません・・・一口でもあげたが最後、エンドレスもう一口。最後っつってもそんな事は知ったことかと騒ぎまくる。ていうかバレた時点でアウト。赤ちゃんせんべいで誤魔化しても、彼女が食べきる前にこちらも片付けてしまわないとすぐに標的にされる。

 

でも、何かとストレスのたまる育児(勿論喜びも沢山だけれど、その瞬間以外は淡々と続く日常と、自我がどんどん出てきた我が子との闘いの連続)。

 

甘い物でも補給せんとやってられん!!

 

ということで、甘党の私が手軽さや、見た目、美味しさなどで気に入ったおやつを、今後見つけ次第紹介するタグを作ろうと思いました。ママ観点だけでなく、単純におすすめしたいおやつも紹介しますので、ご参考までにー。

 

 

ということで記念すべき第一弾!

 

福井に来て初めて見つけた、こちらのアイス。

 

f:id:shirotaro5:20180909225035j:plain

 

 

オハヨー乳業、ドーナツアイスミニ。

 

いちさんが手頃な価格と見た目で気になって買った、と言っていました。

近所のゲンキー(福井発のドラッグストア、店内で流れる”近所で節約できる店~、ゲーンーキー♪”の歌が頭から離れなくなる)で購入したのですが、他のアイスの中でも価格が安い方だった分、ハズレのリスクも感じつつ、思い切ってレジへ。

 

これが、我が家では大当たりでした!

 

 

一口サイズの大きさは、おもちに隠れてささっと口に放り込める!

 

小ささの割にしっかり濃厚なミルクの味、そしてざくざくと食べ応えのあるクランチ!

 

味はチョコ、ストロベリー、キャラメルの3種類で、どれを取ってもハズレ感無し!飽きない!

 

同じような一口タイプのアイスのファミリーサイズ(Pから始まるあの有名アイス)と比べて、お値段めちゃめちゃお手頃!

 

そして見た目がほんと可愛い。

f:id:shirotaro5:20180909230656j:plain

 

出すとこんなん。

 

f:id:shirotaro5:20180909231504j:plain

 

 

映えー!!

 

ちなみにこの子皿は数年前に初詣で参拝した鶴岡八幡宮で振舞われたお神酒の皿(笑)

 

 

コロンと可愛い見た目に絶妙な食べ応え、何より子に隠れて食べ切るのが困難なアイスをシュバッと口に放り込める有り難さ!

 

今夏超おすすめのアイスです。皆様もお近くで発見されたら是非お試しくださいな。

 

ちなみにうちは今冷凍庫に2箱あります(笑)

 

 

我らが父ちゃん、いちさんのブログも宜しくお願いします♪

 

ichisan0621.hatenablog.com

1歳3か月連れて避難してみた

 

続きは次回!と書くと、高確率で後回しにしすぎて結局書けなくなる私です、こんばんは。青森編続きはまたいずれ・・・(笑)

 

 

さてさて、今朝から列島を大いに騒がせている台風21号。

皆様ご無事でしたでしょうか。東北・北海道の方は引き続きご注意ください。

 

 

今回の台風、マジでヤバかったらしく、あちこちで屋根が飛んだり車が飛んだり人が飛んだりしていたそうで、

(ピザ配達の方が飛ばされた動画を見たけど、こんな危険な日に人間が運ぶと解りきっている宅配ピザを頼む奴は本当に血の通った人間か?と疑問に思う。)

 

福井県も台風のド直撃を受けるという予報に、前日から私達も危機感を募らせていました。伊勢湾台風並みとか、25年ぶりの非常に強い状態での上陸とか、気圧の低さとかに漠然と「今回はヤバそう」と、不謹慎にも少しワクワクもしつつ、ちゃんと備えないとなーと夫婦で言い合っていました。

 

 

しかし奇しくもこんな日に限って、私は来春の就職に関するセミナーにおもちを連れて参加する予定が入っていました。

 

正直、保育園の申し込みの関係もあって早く行動したいし、申し込みも済んでいるし、予報では昼過ぎから天気が荒れるとなっていて、午前中だけのセミナーだから行けるんじゃないか?っていうか行きたい!!と思っていました。

 

けれど、予定している時間をオーバーする可能性は大いにあるし、何より私だけならともかくおもちを危険に曝すのだけは避けたい。さらに予報では天気が崩れるのは昼過ぎとは言っているけれど、自然現象の台風が人間の予報通りに動くとは限らない。

 

そして今朝まで様子を見てみましたが、予報は変わらず、出勤していくいちさんにもやんわりと欠席を勧められたのもあり、熟考の末、今日は欠席することに決めました。

結果的には何も無かったし行けそうだったけれど、今考えてもリスクを考えると今日はやめといて本当に良かったなぁと思います。

 

 

そのため今朝はいちさんを見送ってから、おもちを見つつ家の外の飛ばされそうな物の片付けや、最近存在を知った、縁側の立て付けの悪い雨戸と戦って何とか片方は閉めたり(もう片方はどんだけ頑張っても無理だった悔しい・・・)、バタバタと家の防災をしていきました。

 

けれど、築40年過ぎの我らが新居。あちこち隙間風が吹き、何となく頼りなげな佇まい。先日の台風でも、マンション住まいだったこれまでとは打って変わり、雨風の凄まじい物音や屋根の軋む音にヒヤヒヤしたものでした。前回は大丈夫だったけれど、今回の台風を果たして乗り切れるか・・・

 

そこでふと。

 

 

避難、してみるか・・・?

 

 

と心に過りました。台風情報収集のためにつけていたTVでも、早めの避難を再三呼びかけていたのもあります。

 

どうしようかなーと思いつつ、一応何かあった時にすぐに行動するためにも、と、防災用品をチェックし、必要そうなものを詰め直したりしていたところに、町内の防災無線の音が外から聞こえてきました。

 

それによると、市内の避難準備が発令されたというものでした。この時午前10時。

(ちなみに避難準備というのは、「避難の準備をしろ」という意味だけでなく、避難に時間のかかる高齢者や、今回の私達のような小さな子供のいる家庭は避難を開始しろ、というものなのです。子供を産む前は完全に他人事と思っていましたが、今日、この情報の大切さを痛感しました。)

 

慌てて準備した荷物を玄関にスタンバイして、風が強くなった時のために少しでも被害が少なくなるようにと、ガラス窓のカーテンを閉め、家中のドアと言うドアを閉め、すぐに避難できるように準備をしました。

 

何も知らないおもちはそんな私に楽しそうについて回り、あれこれ散らかしながら跳ね回っていました(笑)

 

 

そして、さぁ行こう!と思った時にはおもちの昼寝時間にちょうど差し掛かり、本人も眠たそうにしていて、場所見知りも人見知りもするおもちは避難所ではゆっくり眠れないだろうと思い、台風の影響もまだそこまでひどくなかったのもあって、昼寝をさせてから向かうことにしました。

 

その間に、停電した時のために炊けるだけ炊いておいた米をおにぎりにして、転入の日に役所でもらった防災タウンページを流し読みし、携帯で台風の状況や避難先をチェック。私達の避難先は、家からほど近い公民館でした。念のため、いちさんや実母にも避難することを連絡。

 

正午過ぎにようやく元気に起きてきたおもちを、久しぶりの抱っこ紐に入れて(歩けるようになったけれど、この子に合わせていたら避難所に着く前に台風に追いつかれるので笑)、非常食やおむつやラジオやらなんやら入ったくっそ重たい荷物を抱え、えっちらおっちら公民館へ。

 

 

行くまでは誰一人歩いていない路地に、慎重すぎたかな?大袈裟すぎかな?と不安になっていた私でしたが、公民館に着くと出入り口に「避難所開設中」と大きく紙が貼られていて、それだけで受け入れてもらえた感じを受けてとても安心したのが印象的でした。

 

中に入ると、職員の方が2人がいて、避難者カード(だったかな?)と書かれた紙に記入するよう言われ、氏名、住所、生年月日、緊急連絡先、そして情報開示の範囲(家族、親戚、知人、報道機関があり、開示しても良いものに丸を付ける、というものでした。)を記入してから、奥の和室に設けられた避難所に通されました。

 

室内にはすでに私たち以外に3組ほどがいらしていて、みんなおじいちゃん、おばあちゃんばかりでしたが、おもちも私も優しく迎えてくれました。

 

 

そこからいちさんが職場から早めに帰された15時頃までを避難所で過ごしましたが、空調も効いていて電気もテレビも煌々とついている、他に沢山人のいる頑丈な建物で過ごせたのは、自分がおもちを守らなければ!と張り詰めていた私にとってはとても安心できることでした。

優しい職員さんたちもおもちに構ってくれて優しい言葉をかけてくれて、とても有り難かったです。

 

その後いちさんが迎えに来てくれて家に帰りましたが、その時には風雨共にとても強くなっていて、外に出るまでは全く気付かないほどだったので「避難所すげえ!!」とびっくりでした。

 

家は案の定雨漏りしていて、あわあわと2人で対策に追われました(笑)おもちは帰ってきたパパに大喜びで、その様子に歓喜するパパ(いちさん)はもうとろけんばかりの幸せに浸っているのが傍目にも解りました。パパっ子になってくれて良かったね!!

 

 

今回避難してみたことで、得たものはとても大きかったです。

 

避難所によっては水や食料の用意は無いため、自分たちで持ち込むしかないこと。

毛布などの貸し出しはあっても、返却はクリーニングしてからになるところもあること。

テレビで見たように、だだっ広い和室などで過ごすことになるため、暇つぶしになるものがあった方がいいこと。

他の人もたくさんいる為、授乳やおむつ替えに苦労しそうなこと(おむつ替え台がなくて困った・・・!)。

 

そういった困った点を知ったので次回の避難時に備えられるようになりました。

 

 

そして何より、今回避難してみたことで、次回の有事の際に行動しやすくなったことが一番の収穫でした!

 

避難、となると、今回の私のように「この程度で行ってもいいのかな」なんて考えて、二の足を踏んでしまう場合は多いと思います。

 

でも、市からの開設のお知らせがあった時には、ちょっとでも「怖いな」と思ったら行動していいんだなーと気持ちが軽くなりました。

 

だって、避難してもらうために開設してんだから!必要だから開設してんだから!!

 

大袈裟だろうが、結果的に何もなかったとしても、未来は誰にもわからないし、行動したかしなかったかで、未来は大きく変わったりします。

 

今日、防災の情報を検索していて見つけた、東日本大震災の被災者が作った標語がすべての災害に通じていて素晴らしいと思ったので紹介します。

 

 

【100回逃げて、100回来なくても101回目も必ず逃げて!】

 

中学2年生の女の子が作ったものだそうです。

 

津波にしろ、台風や豪雨にしろ、備えて備えすぎないことはありません。

 

何もなかったからやって損した、ではなく、何もなくて良かったね!と笑い合える幸せは何にも代えられません。

 

もしこのブログにちょっとでも思う所があったなら、避難所を確認してみたり、防災リュックを確認してみたりする機会に少しでもなってもらえれば、とても嬉しいなぁと思います。

 

異常気象が続く昨今、皆様がなるべく無事で過ごせることを祈っています。

気を付けよーぜ!!

 

 

 

我らが父ちゃん、いちさんのブログも宜しくお願いします♪

 

ichisan0621.hatenablog.com

 

てんちゃん、またね

青森編の更新が止まっている中ではありますが、どうしても今書いておきたいので。



タイトルからお気付きの方もいらっしゃると思います。

我が家の獣たち第一子、フェレットのてんちゃんがついに旅立ちました。7歳7か月でした。



まだブログには詳しく書けていませんが、8月上旬に私達は私の実家のある福井県へと移住しました。


浜松にいた頃から、少し足腰が弱っているのを感じていましたが、少々ふらつく以外はとても元気でした。けれどセーブルでふかふかだった毛並みは、増えた白髪により全体的に白っぽくなり、細い尻尾が禿げてきているのを見て、お前ももうすっかりじいちゃんだなぁ、といちさんと寂しく思っていました。


そして引っ越し後すぐお盆になり、親族が実家に集まっているので、有給休暇消化中の私達も、獣たちを連れて実家で過ごしていました。


が、その辺りから、てんちゃんの息が深く、少ししんどそうな様子が表れ始めました。そして、今までは無かった、トイレの失敗。


足がすっかり弱っている様子だったので、今までは何でもなかったトイレの段差も乗り越えるのが困難になったようで、排泄物で体が汚れてしまうことが増え、これはいよいよ年なのかなぁとまた寂しく思いつつ、若い頃よりかなり筋肉の落ちた、力ない身体を洗ってやったりしていました。


我が家に戻ってからしばらくは、たまにトイレを失敗しつつもほとんど普段と変わらない様子でした。まぁ、歳のせいだろう、元気もあるし、きっと大丈夫、と思っていました。私もいちさんも、そう思いたかった。


けれど、思いも空しくてんちゃんは急激に弱っていき、息も体全体を使うような深いものになっていったため、病院へ連れて行こうと言っていた矢先。


亡くなる当日の朝、先に起きたいちさんに呼ばれてケージ内を見ると白い泡のような吐瀉物があちこちにあり、その間もてんちゃんは聞いたことのない声を上げながら、口から次々泡を吐いて、ぐったりとしていました。
これまで病気らしい病気はほとんど無かったてんちゃんのその姿に血の気が引き、慌てて近くの小動物も診療対象の動物病院を検索。すぐにいちさんに連れて行ってもらうことになりました。


この時、2月に亡くなったらんちゃんの状況と酷似していて、おもちがいる為留守番となる私は出発前、玄関で小さな移動用ケージに入ったてんちゃんを撫でながら、祈る気持ちで


「今日は無理でも絶対帰っておいでね、母ちゃんも待ってるからね。」


と声を掛けました。


ふう、ふう、と弱弱しく、でも頑張って息を続けていた、どんなに老いて弱っても可愛い姿。
これが私が見た最後のてんちゃんでした。



送り出す時はこう言ったし勿論本心ではありましたが、正直、過去の経験から、もう駄目かもしれないという気持ちは強くありました。
年齢的なこと、明らかに弱った状態。処置をするにも限界があります。やれることはきっと少ないし、仮に今回助かってもきっと長くはない。


けれど、前日も、つらそうではありながらも、ケージを開けると頑張って身体を起こして自力で出てこようとして、撫でる私やいちさんの手をぺろぺろ舐めてくれていました。
死ぬ気なんてさらさら無い姿に、ひょっとしたらまた元気に復活して帰ってきて、あちこち跳び回るんじゃないかなぁ、と、信じたい気持ちも強く強くありました。



昼近くになっていちさんが帰ってきて、検査のため一度預かりになったこと、脱水になっているのと肺の辺りに水が溜まっている(おそらくそれで呼吸が苦しい)のはわかるがはっきりとした原因が分からないこと、血液検査の結果は特別数値は悪くないことなどを聞き、少し安心できました。


検査結果を聞くのは午後ということになりましたが、その日私は訳あって午後から外出し、帰宅は翌日になる予定でした。
本当は一緒にてんちゃんを見に行きたい気持ちで一杯でしたが、いちさんの厚意もあり、出掛けることにしました。きっと大丈夫だと、思ってしまった。帰ってくる頃には、あの子はまたきっと元気にここにいる、と。


夕方いちさんから来たラインでは、てんちゃんが一時的に帰れるようになり一緒に帰宅したこと、詳しい検査は外部機関での確認になるため時間を要すること、明日から投薬での治療になることを教えてもらい一安心でしたが、一緒に送られてきたてんちゃんの動画はやっぱりしんどそうに息をしていて、胸が苦しくなりました。早く帰らないと、と焦りました。



そのたった数時間後。


いちさんから着信が入りました。
慌てて出ると、荒い息と、聞いたことのないくらい取り乱したいちさんの涙声で、一瞬で解りました。



「てんちゃん  死んじゃった・・・」



ああ、とだけ声が漏れましたが、力が抜けて、しばらく何も言えませんでした。

ただ見上げた空に月が綺麗に浮かんでいて、真っ白の頭の中、ああ、こんな月が綺麗な日にてんちゃんは行ったんだな、と呆然と考えていました。
不思議なくらい、その時は何も、悲しいという気持ちすら湧いてこず、ただただぼんやりとして、電線にかかる月を眺めていました。



いちさんの話では、風呂に入っている間に何かバタバタと聞こえ、戻ってケージを見ると血交じりの水を吐いたてんちゃんが横たわっていたそうです。慌てて夜間救急の動物病院を探したけれど、その間に心臓が止まり瞳孔が開いてしまったとのことでした。


最後苦しい中で死なせてしまった、と彼は泣いていました。俺がいたのにごめん、と。


けれど、きっと誰がどう頑張っても結果は変わらなかっただろうし、私は最後にてんちゃんの傍にいちさんがいてくれて本当に良かったと感謝しかありません。
私が、いなきゃいけなかったのに。



翌朝、帰宅すると、綺麗に掃除されたケージに、保冷剤を枕にタオルを体に掛けてもらって、静かに目を閉じているてんちゃんがいました。
嫌でももうここにいないことを思い知らされました。抱き上げると、ひんやり冷えた体と、熟睡した時のようにだらりと垂れ下がる首で、余計に思い知らされて、一気に涙が溢れました。


撫でながら見ると、いちさんがシャンプーも耳掃除もしてくれて、いつも暴れて難しかった耳の細かい部分もすっかり綺麗になっていて、お前良かったなぁ、父ちゃんにキレイキレイしてもらったんか。と話し掛けながら何度も撫でました。おもちも、わかっているのかわかっていないのか、なでなでしてあげて、と言うと優しくてんちゃんを撫でて、触れたことが嬉しかったようで笑顔になっていました。


死んだって、てんちゃんは可愛かった。おもちにも、優しいお兄ちゃんだった。ケージ越しにしかあまり接触させてあげられなかったけれど、おもちが多少自我のある頃までてんちゃんがいてくれて良かった。


夜はおもちが寝た後、いちさんと一緒にてんちゃんを挟んで酒盛りをしながら、てんちゃんの思い出話をして一緒に笑ったり少し泣いたりした。
てんちゃんを撫でながら、「もし良かったら、次は母ちゃんのお腹に戻っておいで。」と伝えました。



翌日、火葬場に向かう車の中、いちさんと「てんちゃんらしい」と選んだピンクと黄色のガーベラを詰めた箱の中で眠るてんちゃんを撫でながら、あぁこの子も焼いてしまわないといけないのか、嫌だな、とぼーっと考えていました。


車が火葬場に着いた瞬間、もう随分泣いたから出ないと思っていた涙がまた溢れそうになりました。
着いてしまったら、もうお別れしなきゃいけない。
このまま手元に残せたらいいのに。ずっとずーっと、一緒にいられたらいいのに。
解っていても、とてもつらくて寂しいことでした。



施設に入り受付を済ませ、体重を測るために箱から出すと、2人のスタッフの方が「わぁー可愛い!!」とてんちゃんに言ってくれて、その瞬間にこらえ切れずにまた涙が溢れて止まらなくなりました。
最後に私たち以外にも可愛いって言ってもらえて、本当に本当に嬉しかった。お心遣いが本当に嬉しかった。


最後のお別れの時、沢山の想いを込めて、頭から尻尾まで何度も何度も撫でました。
お棺を閉じるボタンを押して、ゆっくりと閉まっていくお棺に見えなくなっていくてんちゃんを、目に焼き付けました。


収骨まで時間があるということで一度外に出ると、施設の煙突から陽炎が立っていて、あぁあれがてんちゃんだね、と笑い合えました。とても天気の良い日で、すでに秋へ移ろう薄い雲が高く棚引いて、これならてんちゃんは上っていきやすそうだねーと少し空を見上げました。


焼き上がったお骨は想像以上にしっかりと残っていて、生物学大好きな私はもう悲しみより興味が勝ってスタッフさんの説明をふんふんと鼻息荒く聞いていましたが(変な客)、脚の位置や指の骨、爪が残っているのを教えてもらうと、生前のてんちゃんが重なってまた泣けてきました。
お前、指の骨も残してくれたんだな、爪切るの毎回大変だったわ、なんて思いながら、白い小さな一つ一つをピンセットで慎重に骨壺へ納めていきました。


骨壺は想像していたより大きくて、なんだよてんちゃん生きてた頃と大きさあんま変わんねえじゃん!といちさんと笑って、それを抱えて帰路につきました。
てんちゃんにもおもちにも優しく温かく接し、私達の気持ちにも寄り添ってくださったペットメモリアル・ラブの方々には本当に感謝しています。ありがとうございました。




今、いつものケージの中に、遺影と共にてんちゃんは静かに眠っています。


せっかく自由になったんだから出してやれよ!って感じかもしれませんが、いつもこの位置だったので、他の場所は落ち着かなくて。何より、すっかり手癖の悪くなったおもちが何をするやら・・・想像するに恐ろしい(笑)


まだまだ、近くを通るたびてんちゃんうんこしてないかな、てんちゃん大丈夫かな、なんていつものように無意識に思って覗き込んではハッとする日々ですが、いつかちゃんと受け止めて、また笑って話し合えると思います。



学校を卒業してすぐてんちゃんを迎えて、就職、結婚、数々の転勤、出産、そして転職とこれまでの私達夫婦の人生をずっとともに生きてくれたてんちゃん。
もう少し長く一緒にいたかったけれど、あの生意気なベビーがこんなにおじいちゃんになるまで頑張って生きてくれて、私もいちさんも幸せでした。



らんちゃんにはもう会えたかな。二匹でまた一緒に丸まって眠っているんじゃないかなぁと思います。


7年7か月、本当にありがとう。あの日選んだのがてんちゃんで本当に良かった。


次こそ、約束は違えないから、もしてんちゃんが良かったら、父ちゃんと母ちゃんの本当の子供として戻ってきてくれたら嬉しいな。考えといてね。



またね、てんちゃん。


f:id:shirotaro5:20180828235821j:plain