おもちもちもち

娘、おもちとの手さぐり育児記

おもちが生まれた日

仕事復帰してからと言うもの、怒濤の勢いで日々が過ぎていきます。書きたいことはどんどん積み重なっていくというのに気付けばまた一日が終わっていく…


そんな中、おもちは無事に一歳のお誕生日を迎えました!
誕生日当日はまさかの、


☆主役のおもち→終日MAX不機嫌

☆私→謎の高熱で余裕無し

☆いちさん→花粉症でぐずぐず


とまあ揃いも揃って最悪のコンディションでボロボロでした(笑)

それでもなんとか写真館で記念撮影をしてもらい
(初めての子だからと撮り過ぎまい…と誓っていたにも関わらず、結局生後1ヶ月、百日祝い、初節句、そして誕生日…とフルコースだった。写真館はアドレナリン出るとこ、気を付けなはれ!!でもケーキ風のドレス着たおもちがスーパー可愛かったから後悔はしていない!!)、

餅は消費に困るということで、一升餅の代わりに同じ重さの米を使った一升米というのがあったのでそれを注文して、背負わせました!
(注文したのはこちら→https://item.rakuten.co.jp/komejin/m001-anniversary-1/)

まだまだ掴まり立ちまでしかできないおもちなので、歩いたりは無理だろうなぁーと思いつつ付属のナップサックを背負って立たせてみたら、機嫌悪かったのもあり唸りながらぐずり、そのまま尻餅をついて、勢いで後ろへドシーン!!からの号泣…(笑)

ちょっと可哀相だったけれど、転ぶのも縁起が良いっていうし、泣いちゃったのも良い思い出!これからも元気にすくすく育ってね!


そして将来何になるかを占う選びとりをやってみたのですが、なんとこの一升米のセットには、選びとりのカードがあって、わざわざ品物を用意しなくて済んだので気軽にトライできました♪

いざ、カードを並べて、おもちを放流。

ドドドドッと真っ直ぐにハイハイして、迷わず選び取ったのはなんと


医者!!


二人で顔を見合わせ、「い、医者かぁ…」と、学費やら様々な壁を憂いて虚空を見上げる両親でした…(笑)

その後他のカードもあれこれ持っては投げ持っては投げしていたおもちでしたが、「幸せな結婚」を取った瞬間にいちさんの顔色が変わった事、将来おもちの結婚式の時に話してやろうと思いました。


そして初めてのケーキを、手掴み食べの練習がてら本人の好きに食べさせてみよう!と周りを養生してから(ペットシーツ敷いたっていう笑)召し上がれ!と本人の前へ。

まずはひと口、スプーンであげてみたら、美味しかったらしく目の色変えて次を要求してきました。
じゃあ自分でどうぞー!と目の前に差し出してあげたら、興味深げに一掴み。

ぐじゃあ、ぐじゃあ…ぬりぬり…ポイッ…

と擬音だけでご想像頂けるかと思いますが、予想通り、アート作品を作り上げたりお顔にクリームくっつけたり、もう見るも無惨な事になりました。。

でもその姿を見て、ああ、この子がお腹にいたあの子なんだよなぁ…と思うと不思議な気分で、この人生で一番長く感じた一年をしみじみと噛み締めることができました。



少し時間を巻き戻して、おもちが生まれる前日のメモが携帯に残っていたので、ついでに残しておこうと思います。

【5/22
早朝5時半、親の生活音とジジのゴロスリ攻撃(この時実家にジジとお松を連れてきていました)で目が覚めた時、腰と下腹部の鈍痛を認識。昨日から、なんか怪しいなぁ、産まれそうな気がするなぁ、と思ってたから、まさか…と思いながら重たい体を無理矢理引きずりトイレへ。

用を足す時に、生理来ちゃったよ!的な感覚でドベッと出血、そして鮮血。そしてナプキンにも茶色いおりものが多めに出てた。あぁおしるし…えええぇぇぇ多くね!?とビビり、便器の底に溜まった血に塊もある気がして、慌てて新しいナプキンを付けてトイレ脱出。

冷静に、冷静に、と自分に言い聞かせながら座敷に戻り、母子手帳を引っ張り出しながら同時に携帯でおしるしについて検索。産院に連絡すべき事項だけ確認して即、電話。状況説明後、来てくれってことになったため急いで母に報告。

秒で支度を済ませ、ジジのご飯と水を確認、良い子にしてろーと撫で回して玄関へ。父は有事の時いつもサイレントあたふた(無言で立ち尽くしこちらを凝視、目が合うと「大丈夫か」「気を付けてな」と固い声で励ましてくれる)するけど、久々のそれを見た。彼の心の中の激震を思うと、自分が大変な状況でも笑っちゃって安心できる(笑)大丈夫よお父ちゃん。ありがとう。

お松にも、ちょっと行ってくるねーと撫で回して、乗車。道中、最初は状況に追い付けず波打っていた気持ちも、まーただのおしるしで普通に今日は帰されるかもなーと落ち着いていき、でも万が一を考え買ってもらった朝ごはんをモリモリ完食、母と談笑しながら産院到着。

すぐにいつもNST(胎児の心拍など状態を確認する検査。ノンストレステストの略らしい。)をやる陣痛室…を通り抜け、突然通された分娩室に恐れ戦く。看護師さんに言われるまま下半身脱ぎ捨て分娩台へ。内診台と違ってカーテンがない。股の間から普通に話す看護師さんとのやり取り。すごく居たたまれない(笑)

結局子宮口は大きく見積もっても2センチ、破水もなく、子宮口が柔らかくはなっているけどまだ陣痛もないし単純におしるしだろうと言うことで一安心。念のため先生に診察もしてもらってから帰ろうかーと言われ、だよねーやっぱりーとがっかりなようなホッとしたような複雑な気持ちで診察へ。

もう一回やってもらった内診で、まさかの出ました破水反応。「うすーく出てるのわかる?これ」って言われ、「あーほんとですね」と何の反応なのかわからずほけっと答える私。その横っ面を叩くような衝撃の言葉。

「ちょっと破水してるから、入院ね」

「あ、え、は…はい…」

思わず先生二度見。うなずく先生。ちょっと待った。

「入院て今日から、ですか…?」
「うん、このまま。」
「あ、あー…」

ということで、物心ついてから初めての入院へ。ロビーで合流した母に笑いながら報告。まさかの展開に笑いまくる親子。

で、あれよあれよと事が進んで、陣痛待ちの現在午後五時。検査のため血液抜かれ、感染予防の抗生剤を飲み、昼ごはんとおやつを残さず平らげ、陣痛室で本日二人目のお産の絶叫をBGMにNST。旦那は今晩から福井に滞在になったし、今晩陣痛が無ければ明日の朝から促進剤を使うことになった。

来るのかなー陣痛。来たら私もあんなに叫んじゃうのかなー。いちさんいないと耐えられそうにないから、今日来てくれるって聞いて物凄く安心した。それならきっと頑張れる。

とりあえずいつ来るか分からないその時のために、ちょっとでも寝ておくことにする。
怖いけど、早く○ちゃん(おもちのこと)に会えると思うとわくわく。お互い人生の超難関、頑張ろうね。

って寝ようとしてたら、やっぱり破水の反応無くなってたら一回帰ろうかーって言われて再びの診察。噂の内診グリグリ?された。痛いっていうか、まぁ痛いのは痛いし、もうなんとも言えない圧迫感で目ん玉飛び出るかと思った(笑)

そしたら子宮口4センチ、○ちゃんも降りてきているとか。これはほんとにいよいよかな…
さ、NSTやんなきゃだしさっさと飯食おう。】


と、ここでメモは終わっていましたが、この約三時間後、ぐいぐい陣痛が襲来。そのまま出産となりました。

日付が変わって深夜の一時半、想像していた産声よりかなり甲高い泣き声を上げて、おもちが腕の中にやってきました。

本当に正直に言うと、生まれたてで顔の浮腫んだおもちは知り合いの中年男性にそっくりで、わ!か、顔は可愛くはない…!女の子なのにごめん!!と内心思ってしまいました(笑)

けれどようやく会えたこと、無事に元気に生まれてきてくれたことが嬉しくて、「はじめましてー…!」と声が震えて涙が出ました。


夜が明けたその日はとても天気が良く、青空のとっても綺麗な日で、私自身も生まれ変わったような、清清しい気持ちで病室の窓を眺めていたのを良く覚えています。


あれからの一年、初めての育児は私にとっては思っていた赤ちゃんとの日々とはかけ離れていて、おもちはよく泣きあまり寝ない子だったのもありかなり苦しい時期が何度もありました。

泣き言なんて何回言ったかわからないし、ノイローゼ一歩手前くらいになっていた頃もありました。

いつまで続くんだろう。時計やカレンダーをぼんやりと見つめて絶望していた日もありました。

けれど、日に日に、母乳やミルクを飲んで、おもちはどんどん力強く育っていきました。
今思い返せばすごいスピードで、お腹から出てきたばっかりでフヤフヤだったおもちは、みるみる大きくなっていきました。

今、一歳を過ぎたおもちは、大人と同じ白米を食べて、元気にハイハイして振り返って私を追いかけっこに誘うようになったし、可愛いー!って言われると嬉しそうにニコニコしたり、ダメ!って言われると一丁前に不満を露にするようになった。

あんなに辛かった寝かしつけは、今は手を握らせて添い寝すれば自分で寝るようになって、後追いや自己主張は強くなったけど、気が付けば泣くことは格段に減っていた。

辛さの渦中にいた時は、もう一生苦しいままなのかもしれない。いつか終わるって言うけどそんな日が来るのか。もう今までのような暮らしは出来ないのか。

そんな気持ちが頭の中を占めてしまっていたけれど、気が付いたら、新しい生活を受け入れて、穏やかな幸せを感じられるようになった。

私にとって子供が生まれた事は、今までの人生を突然に激しく一変させた出来事で、その変化についていけずにもがいた日々だったけれど、いちさん始め実家や義実家に助けられながらもがき続けて、最近ようやく自分のやり方、新しい生活を確立できた感じがする。

やっと、私も一年かけて、おもちのお母さんになれてきたのかな、となんとなく思う。

これからも成長に合わせてまた悩む事もあるだろうけれど、愛おしい可愛い愛娘に振り回されながら、いちさんと一緒に親になっていけたらなぁ、と思います。


グダグダになったけど、最後に。

おもちへ。
生まれてきてくれて、本当に本当にありがとう。
父ちゃんも母ちゃんも、おもちに会えて幸せだ!!

母の日のプレゼントをもらいました。

そういや先週の話になりますが、我が家も保育園で作ってもらった母の日プレゼントが来ました!

おもちの手や意思は全く加わっていないだろうけど嬉しかった!こうして大事なものが増えていくんだなぁ。写真入りなのがさらに嬉しい(*^^*)

旦那似で爬虫類顔だから、恐竜の赤ちゃんみたいな笑顔してるのがまた愛おしい(笑)


昔、親が私や兄弟からのこういうプレゼントとか、テストとか絵とかまで取っておいてたのを、さっさと捨てれば良いのにーなんて思ってたけど、解ってない!!あんた解ってないよ!!

子の想像以上に嬉しかったりするんだなーと思った初・母の日でした。

腕の中の寝顔

五月になり、中旬生まれのおもちはもうすぐ一歳になります。

GWの今、保育園はお休み。
私も仕事のお休みを頂いて、連日おもちと一緒に過ごしています。


午前中は十時頃に眠くなるおもちが先程ぐずり始めたので、ヒップシートに乗せて、お尻をトントン叩きながら抱っこでゆらゆら。

じきにウトウトし始め、体の力が抜けていって、間も無く寝息を立て始めました。


最近、しばらくそのまま、寝顔を眺めます。


下唇をちばちば吸いながら眠る癖で、小鳥のように尖った上唇を微かに動かす。

鼻が詰まりやすく、くぉー、くぉーとちょっとだらしないいびきをかく。

あだ名の由来のもちもち頬っぺたはすべすべで、桃のような淡いピンクがかっていて。

女の子なのにと心配していた薄い髪の毛は、薄いのは相変わらずだけどどんどん伸びて、額を覆うようになってきて。

まつ毛も一丁前に生え揃って、別の生き物のようにめちゃくちゃに動いていた手は、眠っても「離さんぞ」とばかりにしっかり私の服を握っていて。


一つ一つの姿に、これまでのおもちの姿を重ねてしまって、なんとも言えない、嬉しいような、寂しいような…

色々な気持ちが混ざって、胸がじんわり、目頭が熱くなってきます。

大きくなったなぁ。
重たくなったなぁ。

可愛いなぁ。

しみじみ感じながら、布団に下ろした後も、万歳の手ですやすや眠るおもちをしばらく眺めてしまいます。


寝ぐずりがひどく、泣き方も激しいおもちに手を焼き、早く寝ろ、早く一人で寝られるようになれ、眠いのになんで寝てくれないの…

と悩み、イライラしてしまったり、寝てもすぐ起きてしまうため常に張り詰めた気分でいた数ヵ月間。

思い返すということは、気づいたらその時期が過ぎていたらしくて。


そうなると、あと何回、こうして腕の中で眠ってくれるんだろうなぁ。私自身何回、こんな風におもちが眠るまで抱っこしてあげられるんだろうなぁ。

そう思うと、愛おしくてたまらなくなります。


保育園はかなり馴れたようで、連絡帳に書かれている昼寝の時間も一定してきて、時間も長くなってきたようです。

他にも、泣き出しても他の興味を見付けて自分で泣き止んだり、経験から学んで行動が慎重になったり。


ちゃんと自分で成長する力があるんだなぁとびっくりさせられるこの頃。

これからも成長著しいんだろうなぁ。

仕事に復帰して、その姿を間近で見られる時間は減ってしまったけれど、一緒にその成長を喜んで、目に、記憶に、焼き付けて過ごしていきたいなぁ。

そんな風に思った休日の朝でした。


さて、鬼の居ぬ間に洗濯と言うし!ご飯の下ごしらえしますかー!



☆夫、いちさんのブログはこちら↓☆
https://ichisan0621.hatenablog.com

今朝の登園

本日、浜松市内は朝から雨ザーザー。


雨やー濡れるー逃げろー!!とおもちを抱えて駐車場の車にダッシュチャイルドシートイヤイヤ期でビチビチ跳ねて仰け反るおもち魚をなんとか乗せて、出発!

ぎゃー!とか、あーでゃでゃでゃでゃ!!!とか、ちゃちゃぢゃぢゃー!!!と絶叫するおもちに「あーい、いるよいるよー母ちゃん前にいるー!」とアピールしつつ、保育園に到着。

雨が降る中、これ持ってこれ持って、これは仕事のやから車に置いてって、あーこれ持っておもち抱っこして傘さすのは難しいなー、出入口までダッシュでいいかー…とか色々考えながら荷物をまとめて、いざ!車からダダッとダッシュ!!

入り口が近付いて、気付いた。

あ。


おもち本体、忘れた。


何をしに保育園来たのか…
自分のアホさに失笑、慌てて車へ戻りました。

おもちは私がふざけていると思ったらしく、ドアを開けた私を見て「エヘヘヘヘッ!!」と楽しそうに笑っていました(笑)ごめんね、マジで忘れてた(笑)


昔、四人の子育てに追われていた実母(ちなみにしろたろう、四人兄弟です)が、買い物の時に姉を忘れて帰ったことがあるという話を聞いて

「えーひどい!!」

と笑った事がありましたが、たった一人の我が子を忘れた私に彼女を責める資格はもう毛ほどもありませんね。

母ちゃん気を付けます(笑)





夫、いちさんのブログはこちら↓
https://ichisan0621.hatenablog.com

原動力となる言葉

先日、いちさんがお休みだった日。おもちの保育園を休ませるか当日まで悩んだのですが、まだその頃は慣らし保育の途中だったので登園。

夕方のお迎えまで、久しぶりに夫婦水入らずでお茶したりご飯を食べたり、ぶらぶら買い物したり出来ました。

その中で、お互いに始めたブログについて話していた時、とても嬉しい言葉を沢山もらいました。

(ちなみにいちさんのブログはこちら↓
https://ichisan0621.hatenablog.com)



近頃、積立てや生活面での経費削減の知識収集に目覚めたいちさんは、とても生き生きとしながらあれこれと勉強しています。そして最近始めたブログも、その知識を活かして記事を書いていく予定だそうです。

以前は趣味という趣味が無いとぼやいていた彼ですが、ようやく自分の興味のあることを見つけた姿は輝いていて、頼もしく、また安心もしました。


しかし同時に、焦燥感も感じました。

あーやばい、私は何も無い、と。


趣味はあれこれとあるのですが、どれも遊びの範疇を出ないものばかりで、別段人に誇って話せるようなものではありません。

そのため、今回のいちさんの「今後に役立つ知識、生きる力」のような興味と学ぶ姿勢はすごく眩しくて、しかもブログも私より建設的でまとめ方がうまい。わかりやすいなぁ、すごいなぁ、と、恥ずかしながら羨ましさと少しの嫉妬を持ってしまいました。


それを正直に伝えたところ、

「いや、しろの文章は俺に書けない面白さがあるし、読ませる力があるよ!」

と、こちらのどんよりした思いをスパッと切り裂くように、明るく返してくれました。


「まず女性と男性は着眼点が違うじゃん。


男性は大抵、それをやって結果どうなったか、数値的にどう変わったかが重要。
俺は物のスペックとか類似品の比較した時の違いを書いたり、実際自分が気になったものを体験してみた前後を書こうと思ってる。


でもそれって女性からしたら面白くなかったりするでしょ。
気持ち的なところとか、共感したりできる方が大事。


その面、しろは文章書き慣れてるし、人に読ませるのがうまいと思う。俺は活字苦手だけど、しろのは面白いからスルスル読める。

俺はそれがすごいと思うし、そこは勝てないなぁと思ってるよ。」



なんでもないことのようにサラッと言ってくれましたが、私はとても嬉しかったです。


元々は自分の書いたものに全く自信が持てず(書いたものだけでなく、思えば小さい時主に兄に自分のやることなすこと馬鹿にされた記憶があり、それが今でも何をするにもついて回っているところもあるかも・・・)、恥ずかしいものと感じて、人に見せたりすることは日記以外ほとんどありませんでした。


けれど、その少ない機会でも、「勿体無いから本気でやってみなよ!」と言ってくれる友達や、褒めてくれる先生、日記を楽しみと言ってくれる方々のお陰で、少しずつ「あ、頑張ってみてもいいのかな。」と自信とモチベーションをもらってきました。



そして今、一番近い場所で私の好きなこと、頑張っていることを認めて褒めてくれるいちさん。

本当に、ありがたく、何に挑戦するにも強い心の支えになってくれています。


日本人は何かと「言わなくてもわかるだろう」という考えの人が多く、感謝も愛情も口に出すことが少ないように思います。わざわざ言わなくたってどうせわかるよ!ってな風に。

私も元はそのタイプの人間で、良いと思ったことでも、思ったことを人にそのまま伝えるのが苦手でした。以前のブログでも書いたように、人に好意を伝えることが本当に苦手で、そのくせ自分は人から褒めてもらいたがり。

されて嫌なことはするなと学校でよく教えられた覚えがありますが、自分がされて嬉しいことを人に積極的にやるようには教わらなかった気がする。
逆パターンだって当然然りなのに。



いちさんは常に、愛情表現も、喧嘩をする時も、私の良い所を見つけた時も、ほぼ包み隠さずストレートに伝えてきてくれました。

出会ってから9年、結婚して間もなく5年。

いろいろありましたが、絆はどんどん強くなっているし、結婚したのがこの人で本当に良かった、と心から思います。


実は今まさに人生の転換期を迎えている我々ですが、これからもお互いへの思いやりと尊敬の念を忘れず、何十年後も一緒に笑っていられたらすごく嬉しいなぁ、と改めて思った一日でした。



さて、明日はいちさんお休みの日!おもちと三人、楽しく過ごしたいと思います!
皆様も良いGWをお過ごしください。

バイバイ、パイパイ。

その日は突然やってきました。


離乳食が1日3回になり、そのサイクルが軌道に乗り、しっかり定着した今月初め頃。

麻疹騒動の時書いたように沖縄に行った直後、いつも通りの日々へ戻ってきたある日の夜、すっかり添い寝トントンで眠るようになったおもちを寝かしつけている最中、ふと気付きました。


あれ、そういや今日、1回も授乳してない…?


思えば夜間断乳してからは夜の授乳は無くなっていたし、数日前からは日中おもちがぐずった時など1日1、2回ほどしか乳の出番はなく、それも気付いた私が促した時だけ。

そして私が気付かなかったこの日、本当に一度も授乳していませんでした。


それに気付いた時にはもうおもちはウトウトと眠りに落ちつつあり、驚きと感慨を持ってその横顔を眺めながら、同時に

あぁ、まだ行かないで…

と急にとても寂しい気持ちになりました。


授乳をやめる時期については全く考えておらず、恥ずかしい話私自身が乳離れがとても遅かったこともあり、本人が欲しがるのなら夜以外は特に意図的に断乳するつもりはありませんでした。

それが、まさかの突然の卒乳。

乳離れについては多くのお母さんが苦労するという話を聞くので、その点とてもありがたく喜ばしい話ではあるのですが、こんなに早くその日が訪れるとは思わず、私の心がついてこられなかった。


思い返せばまず臨月の頃、ここから乳が本当に出るのかと首を捻り。

産後初めての授乳で、ふんにゃふにゃのおもちが、誰にも教わってないはずなのにちゃんとカパッと口を開けて乳に食らいついてきたのを見て、「こんなグニャングニャンの激小さい生き物でも、既に生きる意志と本能を備えているのか…」と感動して一瞬会陰切開の痛みを忘れ。

他のお母さんと比べて明らかに乳が出ておらず、フギフギ泣くおもちに申し訳なくて、ひよこクラブの授乳の悩み特集を隅々読みまくって、とにかく乳が出るようにと無理してでもご飯をガツガツ流し込み。

やっと張ってきた乳の乳腺開通のために、陣痛より痛い看護師さんの鬼のマッサージに目を白黒させながら歯を食いしばって耐えたり。

退院後、片乳側面の謎の焼けるような激痛に数週間悩まされ、何度相談して診察してもらっても原因が判らず、結局いつの間にか消えていた事もあり。

頻回の慣れない授乳ですぐに乳頭が痛くてたまらなくなり、あらゆる対策を全て試し、全回復する時間もなくすぐにまた次の授乳時間になって、痛みに備えるため深呼吸してから授乳に臨んだり…

昼夜関係なく爆泣きのおもちに白目向きながら授乳して。

初夏の青々とした実家の庭を眺めながら、

「いったいこれはいつまで続くんだろう…」

となんだか泣きたいような気持ちになりながらぼんやりした日もありました。


数えきれないほど繰り返してきたその時間。


おもちはぐんぐんと力強く乳に食らいついて、腕が余るほど小さく軽かった体は少しずつ確実に大きく重くなっていって、体勢が辛くなると授乳スタイルが変わったりして。


女の子なのに髪の毛がとっても薄くて、授乳しながら産毛のような髪を撫でて

「早く生えろー、男の子と間違われなくなれー」

と念じていた頭はそれなりに髪が伸びて(未だに男の子に間違われる事もあるけど笑)。


初めての離乳食の時は、甘酒のようなシャバシャバの10倍がゆを一口口に含んで、どうかな!?と注目する私たち両親の期待に応えてか「ううううぇーーーーん!!!!」と大泣きして、まだまだおっぱいがメインになりそうだねーなんて笑っていたのに、いつの間にか一丁前に3回食平らげるようになって。


大きくなったんだな。

あっという間だな。

今は赤ちゃんの君は、すぐに大きくなってしまうんだな。


そんなことをしみじみ考えながら、常夜灯だけ点いた寝室の暗がりの中、おもちの寝息を聞きながら、涙が出ました。

成長はとっても嬉しいけれど、やっぱり寂しくなってしまう部分も大きい。


辛抱のない私にはしんどく感じてしまう事が結構あって、その度に「早く大きくなってくれればいいのに」「早く楽になりたい」と、そんなことばかり考えてしまいました。

でも、授乳と同じように、親が子供にしてあげられること、世話を焼かなければいけないことは永遠に続く訳ではなくて、むしろとても短い期間なんだろうなぁと思います。

そしてその期間を過ぎてから、その尊さを身に染みて感じて、こんな風に寂しく思ったりするのかもしれない。


まだまだ子育ての入り口付近で右往左往する毎日で、すぐに余裕が無くなって毎日をただただ乗りきるだけの日々になってしまいがちですが、ふと気付いた時には一息ついて、おもちの今の可愛さ、今しかない姿を心に刻み付けていきたいなぁ、と思った一日の終わりでした。

ちなみにその後、数回だけおもちが授乳を要求することがあり、私もあの感覚が懐かしくもう死ぬほど授乳してやりたい気持ちに締め上げられました。

が、離乳食もしっかり食べられているし、何よりせっかく無理なく卒乳できそうなおもちを中途半端に引き留めて機会を逃してしまいそうな気がして、誤魔化し誤魔化し。


ただ実は一度だけ、おもちが体調を崩してしまった麻疹騒動の時、母乳には免疫成分があると聞いたので飲ませようとしました。

その時、最後に飲んでから1週間近く。
不味くなってたりして…と思いつつ差し出すと、大喜びで飛び付いてきたおもち。


で、ガブリ。


久々の授乳+急激に生え揃ってきた前歯の容赦ない一噛みで、乳首ギロチン、私絶叫。

おもちはおもちで私の反応に驚いたのか、やっぱり不味かったのか分からないけれど、すぐに口を離して、顔をくっしゃくしゃにして号泣。。


それを見て、ああこれは本当にもうこの子には授乳が必要ないんだな、と納得して、わんわん泣くおもちを抱き締めて、


「今まで飲んでくれてありがとう。
もうさよならだね。」


と私も泣き笑いながら、背中をさすりました。


沢山思い出の詰まった、人生初の授乳ライフでした。

ありがとうパイパイ。
バイバイ、パイパイ。

麻疹(はしか)騒動

前回の更新からかなり日が経ってしまいました。
というのも、タイトルのこと…


4月頭。私たち一家は、兄の結婚式のために沖縄にいました。


そして帰宅から数日経った4月中旬、おもちが数日間に渡って鼻水がダラダラなのと微熱が続きました。その頃に初めて、沖縄で麻疹(はしか)が流行っている事を知り、心配になって調べれば調べる程に恐ろしくてたまらなくなりました。



ちなみに麻疹というのは、麻疹ウイルスの空気感染(感染者の咳やくしゃみ等で出たウイルスにより周囲に感染する)により起こる病気です。


症状としては、初めは咳や鼻水、目ヤニ、38度前後の発熱など風邪のような状態が3~4日続きます。


その後、一旦下がりかけた熱が再び上がり40度近い高熱が3~4日続き、顔や全身に発疹(赤いブツブツ)が広がり、徐々に良くなっていくそうです。


それだけならともかく、特におもちのようにワクチン未接種の1歳未満の乳児では重篤化する場合が多く、また合併症により中耳炎や肺炎、脳炎などを起こし、死に至ることもある非常に恐ろしい病気です。昔から「命定め」と言われるほど、致死率の高い病気として恐れられていました。


そしてその時は無事に治ったとしても、何年も経った後に進行性の脳炎を発症する場合もあるそうです。(これを知ってさらに怖くなった。詳しくは"SSPE"で調べてみてください。お子さんがSSPEになってしまったお母さんの書かれた手記もあります。)

しかも、なんと特別な治療法も特効薬もなく、発症した場合は本人の体力次第だそうで、辛い症状を軽減するだけの処置(対症療法)しか行えないそうです。



そしてさらにこの病気の困ったところが、感染力が非常に強く、感染者とすれ違うだけでも感染する恐れがあるほど。普通のマスクでは感染を防げないそうです。


そのため今回の流行により、沖縄県では当初、罹患者の行動歴を公表しており(現在は感染の拡大によりもはや行動歴も載せなくなりましたが…)、私は行動範囲や日にちが被っていないか目を皿にしてチェックしました。


ちなみに私たちはおもちがまだ小さいこともあり、一度ビーチを散歩したくらいで、お式の時以外はほぼホテルの中で過ごし、人混みの中には行っていませんでした。



そのため可能性は低いだろうとは思いつつ、情報を得るほどに万が一を考えると怖くなり、ひとまずかかりつけの病院へ沖縄に渡航した旨を事前に伝えて受診しました。


隔離部屋で診察を受けたのですが、その時点では熱も高くなく、麻疹の特徴的な症状(発疹や、口の中にできるコプリック斑と呼ばれる白い斑点)も見られない為、恐らく普通の風邪だろうということで、風邪薬を服用しての様子見となりました。


念のため、高熱になったときに使う解熱用の坐薬も処方してもらいました。


その後数日間、おもちの体温は37度前半をうろうろしており、あー良かったきっとただの風邪かなーとホッとしていました。


が、最初の微熱から3日ほど経った日の事。お昼寝から起きたおもちがしがみついてきた瞬間、異変に気づきました。



え、めっちゃ熱い。



慌てて耳で測る体温計で測ると、39.1度。
目ん玉飛び出た。


インフルエンザの時もここまで高くならなかったのに、生まれて初めてのガチ高熱。


体温計がおかしいんじゃないかとも考えるけれど、触ってすぐわかるほど、明らかにいつもよりめちゃめちゃ熱いおもちの体。


人から子が熱出したなんて聞いても、あー子供なんて熱出すもんだよねーなんて分かったように言っていた私でしたが、我が子の事となるともうそれはそれは慌てました。


どうしよう、熱すぎて脳とかどっか異常になったりしないかな!?

すぐ病院行かなきゃ手遅れになったりしないかな!?

暖めてあげた方がいいのか、冷やしてあげた方がいいのか…
あわあわあわどうしよう…!!!!


と、脳内大パニックで、「あーおもちーーーーー大丈夫ーーーー!?」とかなんとかわーわー言いながら、何度も熱を測ったりおもちの体を抱き締めたりおでこに手を当ててみたりワタワタ。


ひとまず、38.5度以上になったら使うように言われていた坐薬を入れ、おもちをギューッと抱き締めていました。



幸いにもおもちが熱の割にいつも通り元気だったのでまだこれでも冷静な方でしたが(どこがやねん)、これがぐったりしていたらもう救急車とか呼びかねないくらいには動揺した。


その後坐薬のお陰で一度37度台まで熱は下がりましたが、効果が切れたらしい夜中に再びボンッと熱が上がり再びの39度。


深夜2時に洗面台やキッチンをゾンビのように右往左往しながら濡れタオルと保冷剤を用意して、心なしか呼吸の早いおもちに半泣きになりながら頭や首を冷やし、熟睡しているおもちの寝顔を眺めて治れ治れ治れと念じまくっていました。


翌朝、おもちが起きてすぐに検温。37度台まで下がっていてホッと一安心しましたが、念のためと前日に予約しておいたかかりつけの病院を受診。依然麻疹の可能性は否定できないので念のため再び事前連絡をして、前回同様隔離部屋へ通されました。


しかしやはり今回も発疹も無く、麻疹らしい特徴的な症状もありませんでした。そして血液検査もして頂けたのですが、炎症反応は多少あるものの白血球値が麻疹の場合とは違うということで、やっぱり麻疹ではないんじゃないかなー?と診断され、一応まだ鼻水は出ているし微熱もあるので風邪薬だけ貰って、安静にするように言われ帰宅しました。


そしてその日の夜には平熱まで下がり、良かったねーもう熱上がらなければ明日には久々に保育園行けるね!とおもちとニコニコしていました。



が。

翌朝早く、昨日診察していただいた先生から電話があり、心配になっていろいろ調べたり他の先生から話を聞いたりしたところ、昨日のおもちと同じような白血球値でも病状のタイミングによっては麻疹の可能性が全く無いとは言えないということが分かったから、こちらで手配するから今日大きい病院で詳しく検査してもらってきて!との事でした。


ちなみにおもちはもう元気いっぱいで熱も下がっていましたが、麻疹の可能性がゼロではないことが私たちも気になっていたので、わざわざ手配して頂いてとてもありがたかったです。


そのため、指定された時間に紹介してもらった病院へ向かいました。


そこで問診と視診、のどの粘膜の採取と採血をされ、この時同じく体調不良だった私も念のためということで急遽同じ検査をしてもらいました。


結果がすぐには出ない(院内ではなく、保健所など外部機関での検査となるため)とのことで、この日が金曜だったこともあり、結果は早くてその日の夕方か、もしかしたら月曜日になるから、申し訳ないけどそれまでは外出しないように、そしてもし今後発疹が出たり発熱があったりしたらすぐに連絡するようにと言われました。


救いだったのが、2時間近くかかった検査や診察で空腹と自由に動けないことで怒り出し、鮮魚のようにビチビチ暴れ始めたおもちの元気さを見て、先生たちが「この子は多分大丈夫(笑)」と笑ってくれたこと。


まぁその後すぐ「お母さんの方が怪しいね・・・」のボソッと一言にまた血の気が引きましたが・・・(笑)



そして!

その日の夜、受診した病院から電話があり、神の宣告を待つかのようにドキドキしながら話を聞きました。



結果、麻疹は陰性!!
私もおもちも麻疹ではなく、恐らくただの風邪だろうということでした。


もう、ここまで安心したのはいつぶりかってくらい。


あーーーーーーーーーーーーーー良かった・・・!!!!



ただ、この間にも沖縄県では感染者が70人以上に上り、また沖縄旅行後に埼玉県で発症、東海道新幹線を使って名古屋へ帰省し受診したところ感染確定した、という事例も出ています。


交通の発達した現代では、距離に関わらず病気の流行は早く、気付かないうちにその脅威にさらされているもの。
今回のことで、それを強く実感しました。


名古屋での事例のようにちらほらと、沖縄県外での感染報告も出ているようです。


そしてまもなく迎える旅行者の多いGW、流行がさらに広がるのではないかと懸念されています。



0歳未満の小さなお子さんをお持ちの皆様、今後の動向に十分に注意して、必要であればお子さんの早めのワクチン接種(定期接種は1歳からですが、6カ月以上では自費ではありますが希望者は打ってもらえます)をご検討いただければと思います。


そしてそのお母さんやお父さんご自身!


年代によってはワクチンが未接種だったり、幼少時の1回のみという場合があります。実は大人であっても、抗体が無く初めてかかった場合は重症化しやすく、死亡率も高いそうです。そして妊婦さんは流産や早産、死産のリスクもあります。


自分自身の身を守るのは勿論、感染を広げてしまわないためにも、是非一度ご自身のワクチン接種歴を確認してみて下さい。


ちなみに私は平成2年11月生まれなのですが、私達が高校生くらいの頃に、大学生の間で非常に麻疹が流行った時期があり、その関係で17歳の頃にワクチンの追加接種を受けていました。ただ学校や地域にもよるみたいなので、こればかりは親御さんなどに確認してみてください。




長くなりましたが、最後に。


今回、病院の先生と話していてとても印象深かった言葉があります。


「ワクチンが作られているってことは、それほど恐ろしい病気だということ。そして、それがワクチンで防げるってこと。」


おもちに何かあったらと不安でたまらなかった数日間を思うと、本当にこの言葉に尽きるなぁ、と思いました。
もちろん副反応というリスクはあるけれど、それを踏まえたとしても、ワクチン接種によって防ぐことのできる病気が沢山あります。


今回のような流行が起きた時。もし感染した時。
悲しい結果にならないためにも、お子さんを守るためにどうすべきか、この記事を読んでくださった方が今一度考えていただければ嬉しいです。

そして出来れば、なるべくご家族やお友達にも、麻疹がとても恐ろしい病気であることを伝えてもらえるといいな、と思います。



以上!